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言語の本質 -ことばはどう生まれ、進化したのか -   (今井むつみ、秋田喜美、中公新書)

  書評につられて買った。「本質」という単語が使われているのも気になったからである。著者の今井 ( 慶応大環境情報学部教授 )  は、認知科学、言語心理学、発達心理学、秋田  ( 名大人文学研究科准教授 ) は、認知・心理言語学が専門である。この本は、認知科学での未解決の大きな問題である記号接地問題   (Symbol grounding problem) を解決したというふれ込みである。   記号接地問題とは何であろうか。   例えば、メロンということばが何を対象としているかを知っているとする。ここで、知っているとは、見て、さわって、食べた身体体験を前提としている。この体験なしに、単にメロンは、丸く、実が甘くてうまい果物   であると、ことば ( 記号 ) で定義したところで、本当に知っているとは言えない。定義に当てはまる同じような果物があるかも知れないからであるし、メロンの本質をすべて定義するのは困難であるからだ。   記号接地問題は人工知能 (AI: artificial intelligence) でも問題   となっているそうだ。 AI には身体的体験を学習する機能が備っていないので、メロンという記号 ( ことば ) を他の記号によって、定義するのみである。辞書がそうである。時には写真やイラストも用いて説明しているものの、身体的体験が伴わないので、本当に知っている ( ことばの意味するほとんどすべてを理解 ) とは言えないのではないか。何かについて知っている ( 理解 ) と言う人でも、質問をつきつけられると答えにつまることが多い。頭の中の理解が地に足が着いていないとこうなる。 AI は記号操作のみを行うであるから、自分の出した結果が、嘘か本当かを自分で判断できないことが弱点である。   記号接地問題の例が示されている。分数の理解として、 1/2 と 1/3  ではどちらが大きいかという問題について、小学 5 年生で正解率は 49.7%  であった。同様に 0.5 と 1/3  については、正解率は 42.3% である。中学生に不等式      ( 1)...

太陽熱温水器の増設

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最初の製作についてはプログに書いた 。この時に、ビニールパイプの体積の計算において、半経の代わりに直径を代入して設計したために、容量が 1/4 に   なる失敗をした。容量不足を解消するために、木枠の立方体を作り内側にビニールハウス用のビニールシートを敷いた子供プール様の温水器を、昨年の夏に作り足した。   水面に黒色   のビニールシート浮かべて太陽熱を捉えるようにした。   夏場にはそこそこの温度が得られたものの、冬に近づくにつれて、思ったより水温が上らなくなった。その原因の 1 つは、   構造上の制約で、水面を水平にしなければならず、冬の太陽光の角度が低いために、太陽熱収集の有効面積が下がるところにある。   今回、作り変えた装置はプール型の代わりに、プラスチック製のタンク ( 容量 70 リットル ) と、太陽熱吸収のための専用の装置を用いている。写真の右側の 2 つがそれである。左側は最初に作ったビニールパイプ製のものである。   ネットで色々調べたところ、真空ガラス管ヒートパイプ方式の太陽熱温水器がみつかった。銅のパイプの中に熱伝導流体を通して、パイプに接続してある黒色アルミ板が熱を吸収するしくみである。高熱の銅パイプ内の流体は上に上がり、上部にある小さな水槽の水を温める。熱を失い温度が下った流体は下に流れ、自然に徳還する。私が買ったものは (2.7 万円・中国製 ) は貯湯タンクを別に用意する必要があった。黒色プラスチックタンクがその役割を果す。   温水器とタンクの間で水を循環させるために、元々浴槽お湯を送るために使っていた 2 つの DC モータのうち、消費電力が少ない方を兼用して使っている。そのこともあって、水の通るパイプ回路が複雑になって、スイッチを 5 ケ用いることになった。     黒色タンクはもともと野外シャワー用の太陽熱利用のものであるので、これ自身で集熱効果がある。そのうえに、角度を立てて使えるので、冬の太陽熱収集有効面積が広くなっている。これまでの最高の温度は、 1 月の青天の日で   ビニールパイプ製の方が 45°C であり、ガラス真空管ヒートパイプ製が 3...

ジョン万次郎と磯田道史

  NHK BS で放映される「英雄たちの選択」は面白いのでよく   観ている。特に毎回登場する歴史学者の   磯田道史の最後のまとめの言葉が気に入っている。今回は土佐の漁師の少年、中浜万次郎の話であった。   はえなわ漁に出ていて、嵐に合い仲間 5 人とで無人の鳥島に標着した。 5 ヶ月ほど生き伸びたのち、アメリカの捕鯨船に助けられる。これらについては、知っている人が多いだろう。     私は、ちくま少年図書館、「ひとが生まれる:五人の日本人の肖像 」 ( 鶴見俊輔 ) を読んだことがある。ここの 1 人として万次郎が書かれている。以後、番組で私が興味を持ったところをのみ書くことにする。仲間 4 人はハワイで船を降り、最年少の万次郎のみが船長に連れられ、米国へ渡る。船長は万次郎の賢さを気に入って、学校に通わせ ( 首席だった ) 、自分の姪と結婚させようともした。   捕鯨船乗りや砂金発掘で、帰国の資金も貯めたので、ハワイの仲間とともに、上海 → 流球 → 薩摩の順路で帰ってきた。     ここでの番組の標題である「選択」は、 10 年間たったのちに、日本へ帰るかそのまま米国にとどまるかというものだ。なぜこれが問題となるかは分りづらい。実は、当時の徳川幕府   は鎖国をしていたので、   一旦、海外に出た者はキリスト教の影響を恐れて処刑される危険があったそうだ。万次郎たちは薩摩で取り調べを受けたのちに、開明的な藩主の島津斉淋が米国での知識を有する万次郎を重用した。長崎奉行所で取り調べをした黒田藩の武士は、万次郎の才能を認めて、幕府海軍の創設にあたらせよと進言した。幕府は、士分として召し抱え、日米条約交渉の通訳として、勝海舟に同行させもした。しかし、条約締結の際には担当を降さ れている 。水戸藩主の松平斉昭が、万次郎が米国のスパイではないかと疑ったためであると、番組では説明された。     ここから、本論に入る。討論に今回参加した 1 人は小説家の山本一行   である。番組の山場は、この山本と磯田の 2 人の間で 2 度ある。 1 度目は、松平斉昭の評価にについてであ...

平川金四郎 先生

  大学生時代のことである。 1 人で少し遠くに行きたいと思ったのだろう。西鉄電車に乗って新宮駅で降り、松林を抜けて海岸まで行った。当時は駅から海の方へは、家はほとんど無かった。松の木も今よりずっと多かった。   海を観てからの帰り道、松林の中にある平屋の洋風の 1 軒家をふと覗いてみたら、洋間で中年の男がバイオリンを弾いていた。その人が平川金四郎先生であったことを、後で知った。奥さんがピアノを弾いて、 2 人で演奏を楽しむ   ことも。   私が学んでいた当時の九大の電子工学科は、創設されてから数年しか経っていなかった。当時の電気系の学科は、古い順で、電気工学科、通信工学科、電子工学科である。とは言っても、通信と電子は全く共通の講義であり、卒業研究でどの先生につくかだけの違い   である。私は平川金四郎先生 ( 以下、先生と書く ) の研究室を希望して、他の学生2人と一緒に入れてもらった。助教授の   平川一義先生も同じ数の卒研生を受け入れておられた。 2 人とも九大の理学部から異動してこられていた。統計物理学の講義をされた山藤先生も同様である。   彼は、博士をとったばかりだった。   先生は、 Kittel の教科書、「固体物理学入門」を下敷きにして講義されておられた。私は元々、物理学に興味があったのでこの講義が好きであった。   先生の人柄もあってのことだろう。授業中に後の方の席の唯かが何か話したのを聞いて、先生は「どなたですか、何か質問がありますか」と言われた。その学生は   何も言わなかった。ただの私語だったのかもしれない。ネットで調べてみると先生は当時 41 才である。     卒業研究の題目は、今でもおぼえている。「一次元反強性体」である。   化合物 KCuF 3 の結晶が特別な一次元の構造を有する磁性体であることを解明していた。   低次元の構造物であれば、   特に相転移現象が面白いということであった。   ただし、私には良く理解できなかった。理論の方は平川一美先生のグループ、実験は我々のグループで行っていた。研究は結晶作りから始まる。硫酸銅の溶液に何かを混ぜ、 ...

「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」 (ナンシー・フレイザー、 ちくま新書)

  邦題の意味は理解し易い。しかし、パンチ力に欠ける。原題は「 Cannibal Capitalism 」である。ここで、 Cannibal (カンニバル)の意味が分ると、印象深く伝わる。   Cannibal Capitalism は「共喰い資本主義」と訳されている。経済学の本として、この題は特異である。   カンニバルの意味は著者が胃頭で説明している。まずは、人間が人肉を喰べることである。2つ目の意味として、動詞カニバライズは、別の装置や事業   から重要な要素 ( 部分 ) を抜き取ることを表わす。   この動詞は天文学分野でも特別な意味がある。すなわち、ある天体が他の天体を引力によって呑み込むときにも使うそうだ。最後は、ウロボロスである。これは自分の尻尾を咥えて円(環)になる蛇のシンボルのことだ。己の存在を支える社会、政治、自然を貪り食うことが、資本主義システムにはあらかじめ組み込まれており、それが元で不安定になると主張する。     この本のもう 1 つの   キーワードは、「搾取」と「収奪」である。   「搾取」は日常的にはあまり使われない。マルクス経済学を習った人にはなじみのことばである。資本家が   労働者の働きの上まえをハネルこと(剰余価値)   で、資本を増やすことを表す。「収奪」は、他人の所有物(自然も含む)を力づくで奪い取ることを意味する。著者は、資本主義システムには搾取とともに収奪が組み込まれていると主張する。この点でマルクス主義の論点を拡げたことになる。さらに、資本主義には、社会、政治、自然を貪り喰う性質を持っていると説く。この点でも視点が広がっている。マルクスが自然破壊を懸念して脱成長を唱えていたことは知られているものの   ( 「人新世の資本論」、斎藤幸平 ) 、この本の著者の問題意識では、今、地球上で起きている大きな問題のすべては、資本主義制度に内在すると言っても過言ではないだろう。これだけではもうひとつピンと来ないだろう。それで各章の題目を示しておく。   第1章 雑食   : なぜ資本議の概念を拡張する必要があるのか   第 ...