「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」 (ナンシー・フレイザー、 ちくま新書)

 

邦題の意味は理解し易い。しかし、パンチ力に欠ける。原題は「Cannibal Capitalism」である。ここで、Cannibal(カンニバル)の意味が分ると、印象深く伝わる。 Cannibal Capitalismは「共喰い資本主義」と訳されている。経済学の本として、この題は特異である。 カンニバルの意味は著者が胃頭で説明している。まずは、人間が人肉を喰べることである。2つ目の意味として、動詞カニバライズは、別の装置や事業 から重要な要素(部分)を抜き取ることを表わす。 この動詞は天文学分野でも特別な意味がある。すなわち、ある天体が他の天体を引力によって呑み込むときにも使うそうだ。最後は、ウロボロスである。これは自分の尻尾を咥えて円(環)になる蛇のシンボルのことだ。己の存在を支える社会、政治、自然を貪り食うことが、資本主義システムにはあらかじめ組み込まれており、それが元で不安定になると主張する。 

 

この本のもう1つの キーワードは、「搾取」と「収奪」である。 「搾取」は日常的にはあまり使われない。マルクス経済学を習った人にはなじみのことばである。資本家が 労働者の働きの上まえをハネルこと(剰余価値) で、資本を増やすことを表す。「収奪」は、他人の所有物(自然も含む)を力づくで奪い取ることを意味する。著者は、資本主義システムには搾取とともに収奪が組み込まれていると主張する。この点でマルクス主義の論点を拡げたことになる。さらに、資本主義には、社会、政治、自然を貪り喰う性質を持っていると説く。この点でも視点が広がっている。マルクスが自然破壊を懸念して脱成長を唱えていたことは知られているものの (「人新世の資本論」、斎藤幸平)、この本の著者の問題意識では、今、地球上で起きている大きな問題のすべては、資本主義制度に内在すると言っても過言ではないだろう。これだけではもうひとつピンと来ないだろう。それで各章の題目を示しておく。

 

第1章 雑食 なぜ資本議の概念を拡張する必要があるのか 

2    飽くなき食欲:なぜ資本主義は構造的に人種差別的なのか 

3    ケアの大喰い: なぜ社会的再生産は資本主義の危機の主戦場なのか 

4    呑み込まれた自然:生態学的政治はなぜ環境を超えて反資本主義なのか 

5    民主主義を解体する なぜ資本主義は政治的危機が大好物なのか 

6    思考の糧  21世紀の社会主義はどんな意味を持つべきか 

終章   マクロファージ 共喰い資本主義の乱痴気騒ぎ 

 

白井聡が 長い解説を書いている。ベタ誉めである。私も、彼の意見と同じである。朝日新聞で、昨年の注目すべき書物について、数10人の知識人が各3冊を上げて推薦していた。そのうちの人だけがこの本を上げていたのは、少し残念である。もう少し、注目されてよい。 

 

資本主に代わる社会主義は、とっくに、捨てられている概念のようである。著者は、社会主義を標榜した国々が失敗した原因も分析している。その原因の一つとして、経済と政治をまとめて独裁で決めるが良くないとしている。資本主義の解釈と同様に、社会主義の解釈も従来の前提を広げて捉え直すべきだと主張する。 ただし新しい社会主義の実現もそんなには易しくはないであろう。新しい資本主義として、その貧欲ぶりを失くすように制度を作り直すのもまた難しいだろう。

 

この本では、強調されていない資本の実体については、注意が必要である。ブラック企業を運営する資本、戦争で利益を得る資本家、コロナなどのパンデミックに乗って金儲けする資本などは、実体が見易い。 しかし、労働者の年金組合もまた資本の出し手であり、その資本増加を目的とする。それで、資本と労働者という区分は難しくなる。

 

私の基本的考えを述べておきたい。 現在の資本主義体制では、恵まれた人と恵まれない人との差が大きすぎる。 それは、国についてもあてはまる。恵まれた人は自分の才能と努力の結果であると思いたがるであろう。 しかし、事実は違うと思う。大半の人々の現在の状況は、 私に言わせれば運次第である。どのような家庭に生まれたか、どこの国に生まれたかによって、その人の人生がかなり決まるように思える。生まれた後の人生においても運が絡む。病気になれば いくら大金を積んでも治らないこともある。ただし、その痛手の程度は、貧富の差で大きく異なる。今回のコロナ禍において、大きな痛手を負ったのは、運の悪い人たちであった。この本が示しているように、資本主義は、運の悪い人を喰いものにする仕組が組み込まれている。 

 

運の悪い人(動物)もそれなりに人生を歩めるようにするためには、経済、社会、政治(国際)制度を関連付けて考えなくてはならない。さて、どのようにすべきか。 

 

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