J. ダイアモンド、「人間はどこまでチンパンジーか」(1993)
本の帯による原題は「The third Chimpanzee」である。副題として、「人類進化の栄光と翳り」とある。これまでの人類の進化を、虐殺の例を含めて説明した上で、人類の未来を憂いている。ただし、悲観に終わるのではなく、楽観的な見通しも示している。この本は、昨年の夏に、五島の実家にいたときの暇つぶしに通販で買って、読みかけたままにしていた。著者の別の本「銃・病原菌・鉄」(2000年)は、だいぶ前に読んだ。識者が推薦する本の最上位層に挙げられていることが多かったので。私が読んだこの2冊は発行年からしたら、順序が逆になっている。
「銃・病原菌・鉄」は、ヨーロッパ文明が世界でなぜ先に進んだかについて書いたものである。これは、今回、紹介する本の中での話題の1部を取り出して、詳しく議論したものと言える。今回の本の和訳題名は良くないように思える。訳者あとがきによれば、原題は。英国版が「The Rise and Fall of the third Chimpanzee」、米国版が「The Evolution and Future of the Human Animal」である。私は後者の方が良い題目だと思う。動物の中の1つの種である人類の進化がもたらした、地球上の他の動物や植物に与えた被害の大きさを、事実を示しながら巧みな語り口で続ける。すらすらと読めるものの、新しい事実が次々に現れるので気が抜けない。
ここでは、この本で書かれていることで、私が興味を持ったことのみを箇条書きで示す。
1. 高等霊長類の分岐は新しい順に、コモンチンパンジーとピグミーチンパンジー、その前にこれらと別れたのがヒト (したがって、この本では、ヒトのことを第3のチンパンジーと呼ぶ)、その前に別れたのがゴリラとされている。したがって、ヒトはチンパンジーとゴリラの間にある。DNAの違いとしてみると、チンパンジーと人は1.6%、ゴリラはヒトおよびチンパンジーと同じ位の2.3%とされている。私はヒトが最後に分かれたものだと思っていた。
2. 人類の性と生殖行動の特異性は、赤ん坊が生まれてから独り立ちできるまでに長い年数がかかることが原因である。母親(メス) 1人では、この長い時間に耐えられないので、オスの協力が欠かせない。そのため、連れ合いを大事にするように、生殖活動が他の類人猿と異なるように進化した。
3. 人類による農作の始まりにより、地球上の植物環境が大きく変えられた。人口増加により、豊かな植物の地域が砂漠と化したところが多い。
4. ネアンデルタール人と新人類 (クロマニヨン人) は交雑しなかった。
(注:この説は、昨年のノーベル賞受賞者ベーポの研究で否定された) 。
5. 白人の源流は、インド・ヨーロッパ語族にある。この印欧語族は、カスピ海の近くで農業・牧畜を行っていた。その言語は、ロシア南部の草原に住んでいた部族に由来しているものが多い。馬はその部族が持ち込んだものであり、農業と戦闘に革命を起こした。したがって、ヨーロッパ全土に急速に広がった。馬は、「銃・病原菌・鉄」と同じく、南北アメリカ先住民を虐殺征服するための大きな力となった。
6. 人類の侵入により、多くの大型動物が絶滅させられた。これらの動物は、ヒトに初めて会ったときに、ヒトが、彼らに危害を加えるとは知っていなかったので、容易に捕まえられた。例えば、オーストラリア原住民 (アボリジニ)は、大型の動物を狩り尽くした。
7. チリ沖に位置する、イースター島の巨石サークル文明の謎を説明している。人類が侵入した当時は、島は豊かな植物と大型動物が繁栄していた。人類は、手つかずの楽園を利用することで、人口を急速に増加させた。その時に、巨石サークルを祝祭のためにいくつも作った。人口増加が進むと、利用する自然が減り、食物を争って、部族間の戦いが起こった。勝った方は敵の巨石サークルを倒した。倒れたままになっている巨石や、切り出し作業場に残っている工作中の石が、それを物語っている。
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8. 北アメリカ大陸に侵入したアジア系人類は、アメリカ大陸の大型動物を次々に狩り尽くし、短期間で南アメリカの南端まで到達した。
9. 白人による先住者の虐殺は徹底していた。特にタスマニア島における英国人によるそれはヒドイものであった。
10. 人種虐殺 (ジェノサイド) の例
(i) 1千万人以上:(1) ナチスによる、ユダヤ人、ジプシー、ポーランド人、
ロシア人 (1939-1940)
(2) ロシア人による反体制者(1943-1946)
(ii) 百万人以上: (3)トルコ人によるアルメニア人(1915)
(4) パキスタン軍によるベンガル人(1971)
(5) クメールルージュによるカンボジア人(1975-1979)
(iii)10万人以上: (6) クロアチア人によるセルビア人、(7) ロシア人による少
数民族、(8) 北スーダン人による南スーダン人、(9) イディ・
アミンによるウガンダ人、(10) ツチ族によるフツ族、
(11) インドネシア人による共産主義者、中国人
その他1万人以下も含めて総数で26件が記されている。日本軍による南京虐殺は、数が不明なのか記されていない。
9. 第19章の題目は「第二の雲」である。第1の雲は、広島・長崎の原爆で知られる核兵器のことである。著者は、人類の未来を暗くしているのは、核兵器だけでなく、同じように危険な第2の雲が覆っていると指摘する。それは、大規模な環境破壊の危険性である。環境問題は、人間による生物種の絶滅との関係で論じられている。絶滅へと追い込む速度があまりに速いので、これまでの古代人が被ったように、今の人類にも大きな災いをもたらすと警告する。
10. エピローグは「何も学ばれることなく、すべてを忘れられるのか」である。著者は、ドイツのビスマルクの回想録が、人類の愚行を示して後世に警告するために書かれたとしている。著者もまた、人類の愚行の歴史を用いて警告するためにこの本を書いた。
感想: まだ読んでいない、ユバル・ノア・ハラリの書いた「サピエンス全史」は、今回の本と重なる話題が多いと思う。ただし、最近の生命工学やAI技術の議論は今回の本には含まれていない。これらの話題は、あらかた、想像できるので、読むまでもなかろう。私のおおざっぱな推論では、J. ダイアモンドの今回の本が優れていると予想する。なぜなら、著者は生理学の研究者であり、未開の国における野外観察経験者であり、現場に立脚して、より事実をもとに議論していると信じるからである。人間について論じた本で、私がこれまで最も興味を持った本の1つである。
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