白井聡「主権者のいない国」(2) 日本史の汚点としての安倍政権

 

真の問題は、失敗を続けているにもかかわらず、それが成功しているかのように外観を無理矢理作り出したこと、すなわち、嘘の上に嘘を重ねることがこの政権の本業となり、その結果、「公正」や「正義」といった社会の健全性を保つために不可欠な理論をズタズタにしたことに他ならない、と著者は言う。

 

伊藤詩織に対する元TBS社員山内敬之のレイプとそのもみ消し。山口は安倍晋三にとって貴重な提灯持ちの似非ジャーナリスト。そのため、犯行そのもの、逮捕の撤回、もみ消しが行われた。その当事者の中村格警視庁刑事部長はその後、出世した (現在、警察庁次長として、警察庁長官の最有力候補)、森友学園、加計学園、桜を見る会の件は、腐りきった本質をさらけ出した。さらに、真面目な公務員赤木俊夫を死においやる。高い倫理観を持つ者が罰せられ、阿諛追従して嘘に加担するものが立身出世を果たす。もう、法治国家ではなく安倍政権の「私物化」である。国有財産や公金のみではなく、若い女性の性や真面目な官吏の命まで私物化した。さらに、元号制定に至るまでの彼の振る舞い、大学入試改革と称して民間業者を導入する主たる動機は安倍の忠実な従僕たちの利権争い、新型コロナ対応のための補助金支給業務においての腐敗が、起きた。私物化の原則は権力の頂点から恥を知る者を除く万人を私物化競争へと誘い誘い出したと過激に書く。そして、これらの事件が国家や社会の未来に直接関係することではなく(例えばロッキード事件)、ただひたすら、凡庸でケチくさいと書く。しかし、その影響は小さくなく、社会的有害性は見逃すと取り返せないまでになると危惧しているようだ。

 

次に著者は、マスメディアが共犯者になったと指摘する。「大マスコミ各社は、さながらヒラメの養殖場と化した」、と言われても分からないだろう。経営トップの権力との癒着・忖度は、その下で働く者達の層へトリクルダウンして、上司へヒラメのように上目遣いしながら働く、と言うことだ。

 

私が特に興味を持ったのは、「体調不良による辞任」の演出、共犯者としてのメディアのところである。安倍政権のゆき詰まり (黒川弘務を検事総長にするための無理矢理な定年延長、河合夫妻選挙買収事件、新型コロナ対策、東京五倫など) において、安倍晋三にとっての火急の課題は、「いかにして身の安全を確保して、政権を投げ出すか」に定まったと書く。下手すれば、自民党政権の終わり、あるいは司直の手が自分に及ぶかもしれない。ゆえに、このタイミングでの持病の悪化は、大変な好材料として機能する。大衆の感情のモードを「もう引っ込め、馬鹿野郎」から「いろいろあったけど病気は気の毒だ。長い間お疲れ様でした」へと転換させることが、安倍の自己保身のために決定的に重要となった。案の定と言うべきか、辞任表明後の世論調査によれば、政権支持率は20ポイントも上昇し、安部の仕掛けは成功したと言う。

 

メディアを通じての、演出の仕方については紹介するのをやめる。ただし、メディアに対しては、やや同情的である。その背景には、社会そのものの変質・劣化を上げている。

 

私のブログで、白井聡が歌手のユーミンをネットで罵倒して問題を起こしたことを紹介した。病気のために引退する安倍総理の会見を見て、ユーミンが涙したことに噛み付いたのだ。この本を読んでみて、ユーミンを攻撃した著者の背景がわかったような気がする。

 

選挙で勝つために、マスコミを通じて演出する事は、第二次世界大戦に突入していく時分から使われている常套手段である。日本における例として、著者は2005年の小泉郵政解散の総選挙について、大衆民主主義における反知性主義の文脈から紹介している (5章 反知性主義、「下流」、「B層」、「ヤンキー」)。「B層」と言う言葉は、自民党から選挙戦略の構築を依頼された広告会社 (リード社)が作ったレポートで登場したそうだ (レポートの外部流出が問題となった)。このレポートは、国民をA層からD層に分類し、B層を、「構造改革に肯定的でかつIQ (知能指数)が低い層」、「具体的な事はよくわからないが、小泉純一郎のキャラクター支持する層」と規定している。この層に受けることを狙った選挙手法  (郵政改革なくして成長なしの言葉を連呼する)で選挙で大勝した。

 

この本における反知性主義とその心理学的考察については、後で書きます。

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