すごい物理学講義(増補)

最も大事なところ(私が思う)が抜けていたので書き加えました。字句も訂正しています。


この本は、20197月に河出書房新社から出た。つい先日、私が読んだのは河出文庫に収められたものである。20203月で第6刷となっているのでかなり売れたのだろう。本の広告を目にしたことがあるような気がする。そのとき読まなかったのは、この本の題目に違和感を持ったからだろう。大げさな物言いは私の好むところではない。もともとはイタリア語で書かれている。英語版の翻訳では、’Reality is not what it seems’ (日本語の訳者によれば、「現実は目に映る姿とは異なる」とある。イタリア語でappare (英語:appear)が使われている。私にはappearのほうがそののニュアンスをわかりやすい。この題目だったなら私は当時買っただろう。


著者はイタリア人のC. Rovelliである。素粒子物理の研究者であり、「ループ量子重力理論」の第一人者だそうだ。専門外の人向けに書いてある。イタリア本国をはじめ、欧米各国でベストセラーとなったいう。私も読み始めてみて、一気に読み終わるのが惜しくなって、たびたび、中断して読み終えた。量子重力理論とは一般相対性理論と量子力学を統一する理論を目指すものであり、まだ完成していない。「超ひも」理論と「ループ」理論と称される2つの学派があるそうだ。日本では「超ひも」の方が有名である。私が以前に読みかじったものはこれのようだ。「ループ理論」は、時間、空間、エネルギー、情報などがすべて離散状態、すなわち粒状であることを強調している。これに対して、「超ひも理論」はこの事にさほどこだわらず、連続的な状態を許容しているそうだ。「超ひも理論」によれば、未発見の粒子、すなわち、「超対称性粒子」の存在が必要となる。ジュネーブにあるCERN (欧州原子核研究機構)LHC (大型ハドロン衝突型加速器)と呼ぶ新型の素粒子加速器を持っている。これを使って、その超対称性粒子を探しているものの、まだ見つかっていない。2013年にヒッッグス粒子の存在を確認した事は、素粒子量子力学の標準理論の正しさを示して大いに話題になった。しかし、超対称性粒子は、そのときのエネルギーの範囲内では見つかっていない。これにより、「超ひも」派はがっかりしたそうだ。著者が上げるもう一つの実験結果は、同年、人工衛星「プランク」の測定結果である。その結果は宇宙項を加えた、一般相対性理論に基づく、宇宙論的標準模型を支持する確固たる証拠だそうだ。かくして、一般相対性理論と量子力学は正しい。以下に彼の文章をそのまま引用する。


2013
年の実験データは、自然の声を借りて、私たちに以下のようにかたりかけているようである。「新たな場、奇妙な粒子や、追加の次元や、別の対称性や、平行宇宙や、ひもやその他の色いろいろな事柄を、夢見る事はやめなさい。問題となるデータはシンプルです。一般相対性理論、量子力学、標準模型。肝心なのはこれらを正しい仕方で結びつけること<だけ>です。そうすれば、あなたたちは次の一歩を踏み出せるのです」。これこそ、ループ量子重力理論が示している方向性である。なぜなら、ループ量子重力理論は、先行する理論からのみ導出される仮説だから。一般相対性理論、量子力学、標準模型との両立性。ループ量子重力理論が根拠としているのは、これだけである。ループ理論が示唆している、空間の量子や時間の消失といった極端な概念の上の帰結は、根拠のない仮説ではなく、20世紀の2大理論を真剣に検討し、そこから結論を導き出そうとした帰結なのである。


このように述べた後で、著者は、この説は、今のところと言う限定を付け加えることを忘れていない。未だ確たる証拠は出ていないと謙遜している。私は、素粒子物理学者や宇宙論者たちが、あまりに多くの事柄を導入しすぎているのではないか、これは際限のない話に陥るのではないかと、素人ながら感じていた。

 

著者がこのような、いわば、過激な発言をするのは、自分自身が議論の本質を逃してはいないかと常に頭に疑念を残しつつ、考え抜いてきたからだと思う。本書を私なりに要約して述べるとすれば、物理学者が明らかにしてきた物理の本質をできるだけ簡単に説明しようとしている。哲学、芸術、物理、数学を総動員して考えるとともに、解説を行っている。特に、古代ギリシャのデモクリトスの考えかた、ガリレオ、ニュートン、マックスウエル、修道士の指摘するアインシュタインの間違いなど、たくさんの興味ある話題の本質をうまく表現している。


この本が強調しているのは、物理現象(事物)の離散性である。その観点から、アインシュタインの業績である、「ブラウン運動」、「光電効果」を、相対性理論と同じように高く買っていることがわかる。量子力学の本質として、離散性 ()、不確定性と並んで、相関性を挙げている。私は3つ目の相関性を本質として掲げている本を読んだことがない。著者はこのことを、「現実とは関係である」と言い直して、「最も深遠で最も難解な内容を含んでいる」と書く。さらには、「量子論は事物がどのようであるかではなく、事物がどのように起こりどのように影響を与え合うかを描写する。例を上げれば、粒子がどこにあるかではなく、粒子が次にどこに現れるかを描写するわけである」。さらには次のような表現もする。「量子力学は対象を描くのではない。この理論が描くのは、過程と事象である。そして、事象とはある過程と別過程の間に生じる相互作用のことに他ならない。しかもそれは確率的にしかわからない」。このように言われても、分かったようでわからないのは私だけではないだろう。

 

11章「無限の終わり」は、私が最も気にいったところである。出だしを引用する。

一般相対性理論によって予見されるビックバンの瞬間では、宇宙は「無限」に圧縮され、無限に小さな1点と化す。しかし、ループ量子重力理論を考慮に入れることで、この限りなく小さな点は姿を消す。その理由は、すでに述べてきたとおりである。世界には、無限に小さな点は存在しない。これがループ量子重力理論がもたらした最も重要な知見である。なぜなら「フランク・スケール」より小さなものはこの世に存在しないからである。
量子力学を無視するなら、このような下限の存在も無視することになる。無限という量を想定していたために、一般相対性理論は「特異点」と呼ばれる厄介な状況に直面した。ループ量子重力理論は、無限に限界を設けることで、一般相対性理論の特異点を解消させた。

量子論においても無限の問題 (発散)は生じていた。物理的に意味のない解を与えるからである。晩年のディラックは理論に現れる「無限」と言う要素に不満を抱いていた。無限の現れる原因は、場の連続性である。量子重力理論は、場は離散的であるからこの無限の問題を解決できる。


量子重力理論を取り入れれば、空間も離散的(粒つぶ)であるので、量子力学における、例えばファインマンの総経路積分の発散の問題が解決される。他方で量子力学を考慮することでアインシュタインの重力理論に現れる無限の問題が解消されたそうだ(筆者は具体的な説明はしていない)。無限 (大、小)に限界を設定する事は、現代物理学に繰り返し登場した。例えば特殊相対性理論では速度の最大値は光速度(c)である。量子力学では、最小の長さはプランク長LP、情報の最小単位はプランク定数によって規定される。プランク長と情報の最小単位と言う概念は、私はここで初めて知った。

 

シャノンの通信理論では情報の単位は1ビット(01)である。アナログ信号は連続性を仮定しているので、そのままでは、情報量は無限大となる。シャノンは時間を離散 (標本) 化し、信号の電圧値を量子 (離散)化することを前提にしている。アナログ信号を考えたければ、離散化状態数を必要に応じて大きくすれば良いだけである。このような考え方は、私がこれまでブログにあげたフーリエ変換理論に関する数学論文における無限大時間に、制限を与えることと同じである。物理学において無限小や無限大を考える事は不要であると言う指摘に、私は安堵感を覚える。無限を扱うことは数学者に任せておけば良い。

 

この本の別の特徴として、物理の中に「情報」と言う概念を導入して重視していることである。「それは今日の研究者に興奮と困惑をもたらしながら、理論物理学の周りを浮遊している亡霊である」と書くまた、「本書の内容が難解に感じられたとしても、それはあなたの頭が混乱しているせいではない。本音を言えば、混乱しているのは私の頭の方である」と言う。「今日の研究者たちは情報と言う概念が世界を理解する上で有益であり、必須であるとさえ考え始めている。それは一体なぜなのか? 理由を解き明かす事は容易でない。あえて一言で説明するなら、それは互いに交信する複数の物理的な系の可能性を測定できるからである」


情報と言う概念をこのように捉えるならば、自己とか存在などの哲学的概念も、よりわかりやすくなると私は思う。自己とは所詮、他人あるいは事物との関係性である。

 

量子力学を形作るとして、情報を用いて次のように書いてある。

公理1  あらゆる物理的な系において有意な情報の量は有限である
公理2 あらゆる物理的な系からは、常に新しい情報を得ることがで

    きる

 

まとまりのない文章になってしまった。それはこの本のせいではない。私がこの本の本質をまだ明確に理解していないことと、著者が示した興味ある数々の考え方を私なりに整理できていないからである。これまで物理について、さほど興味を持っていない方にも、ぜひ一読をお勧めしたい。文学、映画、哲学に負けず劣らず、生き方が変わる可能性がある。

 

 

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