英文法の「なぜ」、朝尾幸次郎、大修館書店
「英語の歴史をたどれば、現代英語の「なぜ」の起源が見えてくる。英語の「進化」の過程をひもとくと、もともとあった「規則」が現れます」、と帯に書いてある。導入として聖書の1文の表記についての変遷が次のように紹介される。
日本語訳では次のようになる。
(1)天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように
現在の英語
(2) Our father in heaven, help us to honor your name
近代英語(1500~1990年)
(3) Our Father which art in heaven, Hallowed be thy name
中英語(1380年頃)
ウーれ ファーディる さット アるト イン ヘベネス ハーレウイッド ベー すイー なーめ
(4) Oure fadir
that art in heuenes, halewid be thi name
古英語(449~ 1100年頃)
ファーディる ウーれ スー せ エアるト オン へオウ“オスム フィー すイーン ナマ イエハールド
(4) Faeder ure
pu pe eart on heofonum, Si pin nama gehalgod
古英語を見ると、ドイツ語を習ったことがある人は、それとよく似ていることがわかる。発音もいわゆるドイツ語と同じようにローマ字読みに近く、文法も似ている。その理由は、この時代はゲルマン民族のアングロ(Angles)、サクソン(Saxons)及びジュ-ト(Jutos)部族がブリテン島に侵入してきたからだ。
著者はまず英国の歴史を次のように紹介する。紀元前にイギリスのブリテン島にはケルト系のブリトン人(Britons)がいた。ブリテン島の由来は彼らから来ている。彼らはもともとヨーロッパ各地に分布していたが、民族のせめぎ合いの中で、ブリテン島南部に移り住んでいた。紀元前後、ローマの侵略を受け支配下に置かれる。西暦449年に上記のようにゲルマン民族が侵入し、英語の歴史が始まった。
英語はドイツ語やフランス語に比べて単純だと言われる。高校での世界史の授業で教えていた先生が、そのように言われたことを私は覚えている。大学でドイツ語を習ってみて、初めてその意味がわかった。ドイツ語には、同じ名刺でも男性、女性、中性、数による変化、及び格(case: …は/が、…を、…の、…に)に対応した変化がありこれを覚えるのが面倒だ。これらのことを含めて、屈折(inflection)と呼ぶそうです。英語の例では、sing/sang/sung, play/plays/played/playing, man/men, song/songsなどがある。ドイツ語に比べるとはるかに少ない。ただし例外的な発音や語順が現れる。それらは試験問題によく出される。著者によれば、これらは昔の英語を引きずっていることだそうだ。
英語はフランス語の影響も受けている。特に語彙の由来の半数近くはフランス後から来ている。この本によれば、ローマ帝国の侵入よりもずっと後の、1066年、ノルマン人に征服されたことの影響が大きい。英仏海峡に面するフランス北方地方をノルマンディーと(Normandy)言う。私はフランスの1部なのになぜ北方(民族)を意味するノルマンディーと呼んでいるのか知らなかった。この地にはデーン人(バイキング)が侵入していた。バイキングは侵略しただけでなく移住していたようだ。西暦910年にデーン人首長ロロがセーヌ川をさかのぼって、パリやシャルトルを襲った。ただし成功しなかった。フランス国王シャルル三世は、デーン人を駆逐するのは難しいと考えた。そこで彼らに領地を与えて臣下にする約定を交わし、912年に争いを終結した。もともと、この地は外敵が度々犯してきたので、デーン人に任せれば、フランス国王は内政に専念でき、国力をつけることができると言う判断だった。デーン人は自らの言葉である古ノルド語(Old Norse)を捨て、フランス語を使うようになった。これらの事は世界史で習ったはずであったが覚えていない。
ノルマン人が英国を征服したので、フランス語が入ってきた。征服者たるノルマン人はフランス語を使い続けた。英国人を叱り付ける時だけ英語を使ったと言う話もある。料理についてもそうである。家畜として牛を飼うのは英国人の仕事であるから(Cow, Ox)などの英語を使い、これを料理した牛肉を食べる人が使うフランス語ではビーフ(Beef)と言う。英語において同じ意味を表す言葉が多いのは、ゲルマン語とフランス語の両方がともに入ってきたからだ。そのため、英語の語彙数は日常生活に必要なものに限っても、フランス語よりもはるかに多いのはそのためである。軍事用語、法律経済用語においてフランス語彙が多い。また綴りもフランス語の影響受けたものが多い。
このように、英語で例外が多いのは、もともとのゲルマン語の上にフランス語が大量に入ってきたからである。しかし悪いことばかりではなかった。ノルマン人が英語を使うようになってくると、先に述べた語の屈折がほとんど消滅してしまって簡単になった(日本語がある意味で簡単であるのは異民族が流入してきた結果ではなかろうかと私は思っている)。
英語の読みかたが難しいのは、1400年頃から1600年頃にかけて母音の発音が大きく変化したからである。ただし、綴り方はそのままであった。上であげた聖書の一文に現れる単語nameは昔はナーメとドイツ式(ローマ字読み)であった。これが母音の大変化によって発音が変わってしまったそうだ。
単語の屈折が担っていた役割は、英語の語順を厳格化することによって果たされた。ただし、昔の名残が例外的に残っており、これが現代の我々が英語を習得する際の戸惑いのもととなっている。著者は、英語の歴史を調べることにより、なぜそのような表現になるかを、たくさんの例を持って説明してくれている。英語をある程度習った、高校卒業後ぐらいにこの本を読んでおけば随分と助かったのではないかと思っている。
著者の英語の例文は、小説や映画など幅広くから引用してあり面白い。またその例文が英語を理解するのにいかにも効果的である。皆さんにお勧めしたい。参考までに目次のタイトルを書いておきます。
1 英語の始まり
2「てにをは」はどこにある
3 代名詞にだけ、主格・目的格があるのはなぜ
4 屈折はなぜ消えた
5 格はどこへ行った
6 <三単現>だけではない動詞の謎
7 未来形はどこにある
8 仮定法は仮定を表すのか
9 can, may, must に-sをつけないのは何故か
10 覚えきれない単語の謎
11 前置詞ofの意味はなぜ混乱している
12 英語は歴史的仮名遣い
13 Aの謎: 可算、不可算はどうして決まる
14 定冠詞の謎: theはつけるの、つけないの
15 関係代名詞にthatとwh-があるのはなぜ
16 thatで程度/結果を表すのはなぜ
17 不定詞にtoがつくのはなぜ
18 不定詞は何を表す: to不定詞と原型不定詞
19 現在完了形にhaveを使うのはなぜ
20 進行形は進行を表すのか
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