艪を前後に動かして、なぜ船は前に進むのか

子供の頃、近所の家にはほとんど伝馬船があった。当時ハチダ (八打)網と呼ばれる漁業共同体が盛んであった。夕方に船団で出かけ、鯵、鰯などを獲って、朝に戻ってくる。その魚を受け取りに行くために必要であったからだ。大人の男だけでなく、女も子供も伝馬船の艪を漕いだ。子供は、特に男の子は、少しでも早く大人に近づきたいので、泳ぎ方を覚えるのに次いで、これに挑戦した。

 いわゆる、和船は、エンジン (当時はモータといった) を積んでいない限り、艪を使う。大小の差こそあれ、どれも構造は同じである (写真) 。長い樫の木でできている。手元の端から肩幅位の位置に、外側に向けて垂直に短い棒が刺してある。この棒にロープ穴を通して、ロープを足元の床に固定してある(速緒と呼ぶらしい)。艪の途中に、丸い穴をうがった部品を取り付けてある。この穴に挿入するようになっている、丸い出っ張りを有する棒が船のトモ (後端) に固定してある。

 私が、艪の原理についていつごろから考え始めたのかは定かでない。。学校で理科や物理を習い始めてからのことである事は間違いない。答えを得たのは、少なくとも大学在学以前である。会社に勤め始めての最初の夏休みに、同期の男2人とその他の2人が一緒に五島に遊びに来た。その中の1人であるO君 (東大教養学部卒) に言われたことを覚えている。「五島に来て、赤岩に物理のあれこれで頭を使わされた」。多分、その時、彼に艪の原理について、例の調子で議論を仕掛けたのだろう。 

櫂やオールなどは、水を後方にかいて進むので、その原理はすぐに理解できる。これに対して、艪の動く方向は進む方向に対して直角になっている。秘密はその断面形状にある。飛行機が浮力を得るために翼の断面が、下側が平板で上側が丸みを帯びている構造になっているの知っている人は多いだろう。艪の断面もこれと同じである。艪の推進力は、相対速度が飛行機に比べて低いものの、水と空気の比重の違いにより、そこそこ大きくなる。実用上、その他の工夫がよくなされている。艪を動かすのに、支点が小さいこと、ロープで床と繋いでいるだけなので動かすときに力の損失は少ない。また、体重移動で動かせるので、疲れが少ない。しかし、艪の長い方の先端を少しでも持ち上げられると、支点から外れてしまう欠点がある (ボートのオールは受け口が円形状になっているのではずれない)。これを防ぐためには、艪をこぐときに水面に対して角度をつけることが大事である。これにより、艪の先端は常に水の中に潜り込もうとするので、支点から浮き上がることがない。ただし、艪の角度は、押すときと弾くときに反対にしなければならない。この角度の切り替えがもっと最も重要であり、切り返しが遅れると艪が簡単に外れてしまう。荒波のときには特にそうである。この時には押し幅を小さくして、小刻みに動かすのがコツである。 

工夫はまだある。艪の形状が「へ」の事になっていることである。艪の先端はできるだけ海中深く入るのが良い。そうすると手で持つところが高くなり扱いにくくなる。への字に曲げることによって、これを解消している。艪の断面の厚さが先端に向かって薄くなっているのも工夫の1つである。先端になるに従い、水中での速度が速くなるので、断面を薄くしても推進力は落ちない。これにより艪の長さ方向においてどこでも同じ力が発生するので、効率が良くなるはずだ。さらには、薄い板状になると、たわみながら水中に潜る。押しから引きに移るときに、動きが止まる。この時、たわんでいた先端部が跳ね戻るので、櫂のように水をかいてくれる。

 艪は、アジア諸国で使われている。私は欧米でこれを見た事は無い。日本には昔、中国から伝わったそうだ。ネットで検索したら、支点が外れやすい欠点を解決する新しい構造が発明されている(特許をとっているようだ)。その構造を見る限り、従来のものより優れているとは私には思えない。仮に、同じ船に取り付け同じ人がこぐと、従来の艪が勝つだろうと思う。その他にも、米国ではパワーフィン(power fin)と呼ぶ構造のものが見つかった。これは、魚が尻尾をくねくね動かして進む原理を取り入れている。これも和船の艪に勝つとは思えない。艪の船は後進ができない。前進も後進も可能な船は、チョッキン(猪牙)伝馬船と呼ばれる。船の後側面にロープで作った丸い輪の中に、櫂を垂直にさして、傾けと回転動作を器用に行う。ただし速度は出ない。

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