人間の狂気

 

テレビ番組、「独裁者3人の狂気」(NHK映像の世紀)を紹介した後、私の考えを書いてみたい。3人とはムッソリーニ、ヒトラー、スターリンである。この番組は貴重な映像を発掘して、これをもとに構成している。音楽を担当する加古隆の曲が主要な場面で流され印象を深める。

まずは、ムッソリーニから始まる。第一次世界大戦の後すぐに始まった経済不況の中で、イタリア政府は有効な手立てをうてず、国民の不満が高まっていた。その中で、ファシスト党 (ファッショ: イタリア語で「束」や、「連帯」) が、北部の工業都市ミラノで登場し、ムッソリーニが党首となる。その軍組織は黒シャツ隊と呼ばれた。彼は裕福な家の出身であり、英、独、仏語を操る教養人である。また体は頑健であり、その筋骨隆々とした体を皆に見せるため、すぐに上半身裸になって農作業を手伝っている姿などを民衆に見せている。女性に人気が高く、多数の女が彼に賛辞の手紙を送った。後にその中の1人が愛人となって最後まで連れ添った。彼は大衆を称して、「女性に似ている」と発言している。また、国民を恐れさせて尊敬させる手法を意図的に使った。黒シャツ隊はローマに進軍し、大衆の支持を得た。団結させた国民の努力のおかげで、小麦の生産は1.5倍になる。ムッソリーニは国王の信任を得た。また、選挙法の改正を経て政権を握る。イタリアをかってのローマ帝国のような強い国にすると宣言した。手初めに、ローマ式の手を伸ばす敬礼を導入した。また、昔のローマとカルタゴ戦争の映画も私財を投うじて作っている。さらに、エチオピアに侵攻し、制圧する。これに対して、国際社会の反発が強まる。それに応じて、国民大衆がまとまり国家の下に団結する。

 

ヒトラーはムッソリーニの成果のおかげで、ナチスの党首に上り詰めたと説明される。ナチス党のミュンヘン行進は、ムッソリーニのローマ進軍を真似ている。ヒトラーの突撃隊は黒シャツ隊を真似ている。ヒトラーはベネチアにムッソリーニを訪ね圧倒され、涙を流したという。体格からして違う。ムッソリーニはヒトラーを称して「学のない道化師」であり、彼の書いた「わが闘争」の内容をバカのように繰り返し話すのみだと伝える。そして恋に落ちた人間のように、ムッソリーニの私生活にわたり質問したそうだ。ドイツもまた、第一次世界大戦後の賠償金支払いと経済不況により民衆の不満は極度化していた。ナチスは突撃隊の武力をちらつかせて、議会を思うように動かし、一党独裁体制を整えた。また共産党とユダヤ人を国民の敵とすることにより、民衆の団結と支持を集めた。失業対策として有名な高速道路アウトバーンなどの建設を進めた。

第一次世界大戦中に起きたロシア革命で指導者となったレーニンは、軍を指揮していたトロッキーを信頼していた。党の事務局にいたスターリンは粗暴すぎで、書記長には向かないと判断していた。しかし、スターリンは党の人事権を握っていたので、同志のものを集め多数を制した。レーニンの葬儀に際に、トロッキーを参列させなかった。さらには、革命を妨害する者として濡れ衣を着せて国外に追放した。トロツキーはメキシコに亡命したものの暗殺された。有名な映画監督であったエイゼンシュテインが撮った映画「10月革命」で、トロッキーの登場する場面は消すように指示された(消された場面が紹介された)。スターリンはその後、党の代議員の半数を粛清する。

 

当時における、イタリア、ドイツ、英、およびフランスの国家としての駆け引きは次のように紹介される。当初、英仏は、ソ連の共産革命の防波堤として、ドイツへ妥協していた。ヒトラーはロシアの、富をいずれ手に入れることを頭に置いて、ひとまず力を蓄えるために、独ソ不可侵条約を結んだ。ムッソリーニは、ドイツがイタリアに攻め込むのを防ぐために、ソ連侵攻をけしかけていた。ドイツがソ連に攻め込んで、当初は攻勢であった。スターリンは落ち込んでしまい、しばらくは表に出ていない。しかし、2度目の冬になって、形成が逆転した。その成功要因の1つとして、スターリンが取った冷酷なやり方が紹介される。敵に投降した者は、その家族が収容所に送られた。また、撤退しようとした者は、後方の自分の軍隊から撃たれた。そのため、ソ連軍は必死の戦いをするようになり、それが功を奏した。スターリンは戦争の経費を賄うために、農業の効率化を目指して、農地の国有化と集団化を行う。その農産物を輸出して稼いだ外貨を重工業に回した。反発する農民は、シベリアの強制収容所に送られ、その数1500万人にのぼる。集団農業の成果は都市部では素晴らしく見えた。アイルランド出身のバーナードショーはその良い部分のみを見せられている。彼は、ソ連は資本主義国よりも豊かであると思い込まされ、ラジオを通じてアメリカに放送する場面が出た。実は、ウクライナで不作があり、農民は最後の食料まで取り上げられ、300万人が餓死した。この事実は国民に隠された。そのため、ウクライナの人々は侵攻してきたドイツ軍を受け入れた。

3
人の独裁者の狂気ぶりを比べてみたい。ムッソリーニは知識人でもあり、国民を扇動するだけであり、人間としての狂気はさほど描かれていない。ヒトラーはドイツ国民の「純潔」と言う観念に取り憑かれていた。身体と心が壮健な若者を選別して、子供をたくさん作らせるプロジェクトまで行っている。そして、その愛犬も純潔であった。

 

スターリンについては、たくさんの出来事が知らされる。この番組ではなく、確か私が読んだ本「レーニンの墓」に書かれていたことをまず紹介する。彼はひどく猜疑心が強い性格であり、彼の妻が他の男と歩いているところを見つけると、物陰からずっと監視していたという。番組の中では、その妻が夫の政治活動の汚さに抗議するためにピストル自殺をしたことが明らかにされる。また、スターリンの息子がドイツ軍の捕虜になっており、ドイツ側からドイツ将校との交換が持ち出されたものの、拒否している。そのため、その息子は高圧電気鉄条網に身を投げて自殺した場面も出る。娘は戦後アメリカに亡命した。

それぞれの死に方を見てみよう。ムッソリーニはいち早く降参して、連合国側に監禁されていた。これを、ドイツの特殊部隊が助け出すことに成功し、ミラノで再び政権を立てた。しかし、3ケ月の後、民衆に反逆され、愛人とともに銃殺される。2人とも足首をロープに巻かれて、イタリアの洗濯物干しの情景のように、逆さに吊るされている映像が出た。ヒトラーはエヴァ・ブラウンを愛人として、ドイツシェパードを愛犬としている。最後には、この犬を毒殺してから2人でピストル自殺した。遺体は完全に灰にして川に撒けと遺言していた。しかし、ソ連が、埋めていた遺体を掘り出し、彼の頭蓋骨(ピストル自殺での穴が空いている)を持ち帰って現在も保管してある。これは、NHKの別番組で見た。ヒトラーは民衆に反逆されることなく死んでいる。このことをスターリンは褒めたそうだ。スターリンは、死後フルシチョフが批判してから、ソ連では名誉を失った。番組では、最近、プーチンがスターリンを再評価していると、気にかかることを紹介する。


番組では3人の狂気のみが描かれている。しかし、民衆はそそのかされたとはいえ、なぜ同じような狂気の精神状態に陥ったのであろうか。ヒトラーに関する別の番組では、ユダヤ人の証言が次のように残されている。「ナチスが私を捉えに来た。その人たちは近所の肉屋、野菜屋、床屋の主人だった。彼らはユダヤ人をとらえた後に、皆で集まって楽しく宴会をした」と言うのだ。この状況をどのように理解すべきであろうか。また、独裁者の狂気の元になっているのは何であろうか。そう、思い込み、信じ込みであろう。これは民衆にたやすく共有される。どうやら、人間はそのような動物であるようだ。うまい話に騙されることも、賭け事で勝つために相手を罠に誘導することも、他の動物にない人間の特徴だろう。問題なのは、人を殺すことにつながる、信じ込みである。宗教でも、信心により異教徒を平気で殺すことがある。ただし、男と女がお互いを良い人だと信じ込むのは、本能を失った人間が、子孫を残して生き延びていくために仕方がない。

 

突然変異した新人類の脳は、好奇心を発達させ、芸術、科学、技術を生み出す。それと同時に、猜疑心、嫉妬心、残虐性なども併せ持つ。これに対して、ネアンデルタール人などの旧人類の脳は、これとは違っていたようである。DNAの最近の比較解析結果によれば、新人類と旧人類で異なる部分を調べると、4つの塩基のうちの1つが置き換わっているだけだそうだ。韓国の年老いた大学教授に聞いた話を紹介する。旧人類の穏やかな脳のままにとどまらせるために、すなわち、新人類の悪しき心が芽生えるのを防ぐために、子供の時から脳のある部分の発達を防ぐ金輪のようなものをかぶせる習慣があったというものだ。

 

思い込みや信じ込みが、狂気と呼ばれるものへの入り口としたら、その入り口は誰にでも開かれている。1番問題なのは、民衆が集団になって、戦争と言う狂気への入り口に向かうことである。

大衆の行動を指摘し批判した、オルテガの本、「大衆の反逆」を、中島岳志が解説した本を最近読んだ。この本は、ここで示した狂気の3人が登場する少し前に書かれている。この件については別に書くつもりです。

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