超関数とデルタ関数

 

数学を専門としない人々、例えば、工学部の教官が、デルタ関数の絡んだ講義をする際に、超関数を理解したうえで説明している方は少ないであろう。かくいう私もその一人であった。デルタ関数は、物理学者ディラックが量子力学を記述する際に発明し、数学者シュワルツが超関数として、数学的根拠を与えたというぐらいのことしか知らないでいた。垣田、「超関数論入門」は現役時代に買って読み始めたものの、すぐに諦めて本棚にしまいこんでいた。シュワルツの「超関数の理論」の和訳本は買ったことさえ忘れていた。田舎の実家の本棚にあるのを、今年の秋に行って見つけて驚いた次第だ。今回の学習の役に立ったのは、これらに加えて、九大の数学の先生に紹介していただいた、I. M. Gelfand and D. E. Shilov, ‘Generalized Functions’, vol., 1である。

 

したがって、私は超関数については、これまでコンプレックスを抱いていた。げんに、大学での教科書として書いた、「信号処理の基礎」のまえがきで、私は次のように述べている。超関数を分かっていないで、「学部の学生にデルタ関数をしっかり教えることは無理であるという批判は、同僚からのものを含めて私は十分承知している」。先のブログで経緯を書いたように、最近になって、超関数をそこそこ学んだ。ここでは、その結果を簡単にご披露したい。数式はなるべく使わないこととする。数学は数式が全てという意見もある。しかし、数式が意味することを言葉で表現することは十分に意義がある。

 

まず言いたいことは、超関数という言葉使いに問題があることだ。シュワルツは、Distribution(分布)という言葉を使っているのに、これを超関数と訳出している。意味合いがだいぶ違っている。分布という概念ならある程度、想像できる。 専門用語としての分布(distribution)は、関数(function) 対比して提起されたと思われる。変数x の値を1つ与えると値が直ちに決まる関数 f(x)に対して、分布は散らばっている変数が全て関与して、(演算)結果を与える。 例えば、確率密度関数 p(x) は確率の分布を表している。関数 f(x) で与えられる物理量の確率平均を求めるには、積f(x)p(x)を積分すればよい。これに対して、超関数と言われると、尻込みしたくなる。

 

シュワルツは、「物理数学の方法」(和訳)を「超関数の理論」よりも前に書いている。その中で、ディラックが提唱した、デルタ関数 d(x) の定義が数学的に矛盾していると述べる。すなわち、(i) x 0以外では d(x) =0 (ii) d(0) = 無限大、(iii) d(x) の積分は 1 であるとするディラックの定義では、(i)(iii) が相容れないというのだ。(i) を認めると積分範囲がゼロなので、積分したら0であり、1とはならないと言う。シュワルツの超関数(distribution) g(x) (デルタ関数はその1)は、簡単に言えば、性質の良い他の関数 f(x) と掛け算して積分すると値が一義的に確定する関数と定義される。ただし、超関数は古典的な意味での関数ではなく、積分して初めて値が定まるというものだ。

 

前に示した数学上の矛盾とは、言葉を変えると、0と無限大をかけると0になることを前提にしている。物理や工学で扱うように、ディラックのデルタ関数を、面積が1である細長い長方形の関数の幅を限りなくゼロに近づけたものと定義すれば、数学的な矛盾はない。ただし、関数として収束しないので、他の関数と掛けて積分するとき、積分は実行不可能となる。極限を積分の外に出せば、関数の値が定まるので、積分を実行でき、結果は収束する。この事実は、積分と極限の順序交換ができないことを示している。

 

数学的な演繹(式の変換)を行うためには、その手続きの正当性が問われる。例えば、先に挙げた積分と極限の順序交換の可否、二つの変数の極限移行の順序交換の可否、極限移行における収束などを確かめる必要がある。古典的な議論においては、これらを厳密に守らなければならない。超関数の本質は、私の理解するところ、これらの検証を一切無視して、関数概念も変更して、先に述べたように、他の性質の良い関数 f(x) と掛け算して積分すると値が一義的に定まるものとの定義から出発している。

 

このような、いわば乱暴な取り扱いは、高校、大学で習った数学の概念から飛躍あるいは抽象化している。ここのところが、数学の専門家でない我々が取りつきにくい原因である。フーリエ変換に限れば、私が提案する方法は初等的古典的な数学の範囲で取り扱うことができる。したがって、この方法はもう少し、認知、評価されても良いと思う。みなさんのご意見を賜りたい。

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