清張の語る芥川と三島

 

車の中を片付けていたら、松本清張の小説を朗読したCDが出てきた。伊都に移転して遠くになった九大に通うとき、高速道路での単調な車運転中に聞くために、だいぶ前に買ったものだ。その他にもたくさんの作家のものがあり、全部で40枚ある。清張のものには、短編、「サブ」と「足袋」の他に、彼自身が喋った講演の録音が入っている。「サブ」と「足袋」は山崎力が朗読している。どちらも、中年独身女性の悲哀をよく描写している。しかも、聞いていて、すっと耳に入る文章だ。

 

松本清張は朝日新聞(北九州)でデザイン関係の下働きの仕事をしていた。文壇に登場したのは、だいぶ年を取ってからである。「ある小倉日記伝」で芥川賞を取った。ここでは、彼のこの講演の内容を私なりの見解も交えて紹介したい。原稿に目を通して喋っている様子はなく、語り口は低音で淀みなく聴きやすい。

 

話の出だしは、「小説は40歳を過ぎてから書くべきだ」という菊池寛の言葉を引用して始まる。その理由として、若いときには人生経験が浅いので、書くことがなくなり、行きつまると言う。例として、芥川龍之介を上げ、話を進める。彼は、東京大学(清張は有名大学を嫌う。ただし息子は東大)の学生のときに書いた小説「芋粥」が、特に、夏目漱石の高い評価を得て、有名になった。ただし、彼の題材は、今昔物語などから引っ張ってきており、(例えば、「藪の中」、「羅生門」)、その内容を現代風にひっくり返して表現する手法のみであったと話している。後では、志賀直哉などの自然派主義的な題材のもの、例えば、「みかん」、を書いてはいるものの、清張に言わせると駄作であったそうだ(私はそうとは思えないが)。芥川は横須賀にある海軍の学校で教えていた。そこに通う際のことも書いてあると話した。ただし、清張はかっている風ではない。最後には、小説家として行きつまって、「ぼんやりとした不安」という言葉を残して自殺したと結んだ。

 

次は三島由紀男について語った。彼は滅びの美学というものを見つけ出し、「金閣寺」を書いた。ただし、これ以外の新しい発想は見つけられずに、頭の中は自転車操業状態となり、ついには、自衛隊に乗り込んでの自決に至ったと話す。後半では、「憂国」など、国家主義的な言説のものを書いたものの、これは、文学的、形式的ないわば、幻想であり、イデオロギーは一切なかった言い切る。

 

次は小説の文体について語っている。芥川については、凝りに凝る、美的、詩的な文体であると言う。文字自体が美しい活字になっている。三島由紀夫の文体については話していない。文学好きであった私の高校時代の友人は、三島の文体について、「言葉一つ一つを磨きに磨いて、そっと並べている」と言い表した(彼が誰かの言いを借りたものかもしれない)。言葉に凝るという点では、芥川よりも強いと私は思う。

 

これらに対する文体として、講談風の「語り」の文体を上げた。江戸川乱歩や谷崎潤一郎を例に出している。文字自体が美しい文体に対して、語りの文体は見ていて物足りなさを感じるものの、話が進むにつれて、活字が浮き上がってくるという言い回しをした。語りの文体は、声に出してみてリズム感があるとも言った。

 

ここからは私の考えを述べる。芥川の「ぼんやりした不安」は創作上の行きつまりもさることながら、時代の先行きに関する不安が混じっていたのではなかろうか。ロマン主義が盛んであった大正時代が終わり、戦争へ進みつつある世情を敏感に感じ取っていたと思う。先に述べた海軍の学校での講義のとき、「君たちは人殺しをする戦争のために勉強している」と平気で喋ったそうだ(保阪正康の言?)。

 

松本清張は、歳遅くして文壇に登場した。そして、文体は、自分の文章を同僚に読んで聞かせているうちにできていったものだろう。これらのことは一切話していない。

 

他のCDも朗読が優れているので、聴いて楽しい。私は中原中也の詩集の朗読を何度も聴いた。詩は、それこそ、言葉を選びに選んでいる。それでいて、何べん聴いても飽くことが少ない。短い言葉での表現のおかげで、俳句同様に、聞くたびに別の味わいがあるからだろう。持っているCD全集に収められているのは、特に耳で聞いて効果的な作品を選んだようだ。編集者に感謝したい。

コメント

  1. 横溝セイシと松本清張を私は混同する程、彼等について疎いです。ただ三島由紀夫氏の事はノーベル賞にノミネートされたにも関わらず割腹自殺を選んだ。彼は生前、インタビューで大義に殉ずると言ってました。彼は日本を変えたいのではなく自分を変えたかったのでは?その為に大義が必要だったかもです。だから私の持論を展開すれば死を選ぶより生きて戦えですね?彼は何かを恐れて死を選んだに違いないと想います。勿論、文藝作品は高く評価されて良いと思いますが、、

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