私と電波 電波受験界 2007年7月号
電波受験界 2007年7月号
私と電波
電波を生涯の仕事として
九州大学 システム情報科学研究院 教授 赤岩 芳彦
私は大学を卒業して以来、約29年間、電波に関わる研究開発を行ってきた。そのきっかけは、入社した会社で、たまたまそのような仕事を与えられただけにすぎない。
電波に対する興味は、子供の頃には、家にあった真空管ラジオの木の箱の裏から、中 味を覗くとともに、立ち込める香りをかぐのが好きであった程度である。中学や高校で、はやっていたアマチュア無線などにはたいした興味を示さなかった。ただし、理 科および物理の授業を通して、電波および電気の不思議さについては、心を動かされていた。このことが、電波に関する仕事を長い間続けられて来たもとになっていると思う。
会社でまず与えられた仕事は、マイクロ波の受信機に用いられる周波数変換器(ミキサ)の動作解析であった。当時はマイクロ波を増幅できるトランジスタがなかった ので、ミキサの雑音指数をいかにして下げるかが課題であった。そのための一つの要素は変換損失を少なくすることである。ミキサダイオードにおける局部発振信号に対 する大信号解析を、当時のディジタル計算機を用いて行った。非線形回路における大信号と小信号が存在することによる周波数変換の動作が理解できて嬉しかった。その後のマイクロ波トランジスタの出現によって、このような成果の実用的な価値は無くなっている。次の仕事は、導波管接合サーキュレータの電磁界解析による設計法の確立であった。 導波管内に置かれたフェライトの透磁率は、非対称なテンソルになる。これが、サー キュレータの通過特性の非可逆性につながっていることは、物理の問題としても興味があった。帯域特性を改善するためには、散乱行列 (S-パラメータ)の固有励振ベ クトルに対する応答である固有値の振る舞いを調べることが重要である。電磁界の解析を行ったのち、計算機による数値計算によって特性を求めることにより、計算機を用いた設計が可能になった。このときの一連の仕事により、工学 (論文) 博士をいただいた。
次の仕事は警察無線のディジタル化である。それまでは、アナログ FM
無線が使われていたが、盗聴されるのが難点であった。ディジタル伝送におけるスクランブリング(暗号化)は究極の秘話通信である。変調方式として4値 FM 方式を開発した。 警察無線機としては開発費も回収できない赤字のプロジェクトであったが、他の事業部で防衛庁向けに応用して、会社に大きく貢献したと聞いている。
私の電波に関する仕事のうちで、最もヒットしたのは、移動無線に AM の範疇で ある線形変調方式(π/4
シフト
QPSK)を導入し、これを用いた自動車・携帯電話 システムの原型を提案したことである。移動無線では電池寿命の観点から定包絡線変調(FM)しか使えないというのが定説であった。線形変調は周波数利用効率に優れるとともに、高速伝送における波形歪みの等化が容易であることから、新しい移動無線システムでは線形変調が常識になっている。
その他の研究開発としては、ポケットベル用ダイレクトコンバーション受信方式、 ディジタル通信用アンテナ切り換えダイバーシチ、適応アレーアンテナ、無線パケット伝送、基地局電力増幅用プレディストータ型歪み補償方式、多数の無線機の間で干 渉の少ないチャネルを自動的に選択する“チャネル棲み分け”方式などを開発した。
最近の話題としては、MCA システムを利用した防災・自治通信を行う“ふくおかコ ミュニティ無線”の策定に、協議会会長としてかかわらせていただいた。
電波は、学問の対象として、通信インフラとして、通信ビジネスおよび産業として、 有効活用が必要な有限な一資源として、などの視点から、たくさんの人々の興味を引く対象です。私に残された時間は少ないですが、電波に最後までつき合うつもりでいます。
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